今年ももう半年が過ぎた。
千葉に越してきてからめまぐるしく日々が過ぎていき
生活も落ち着いた今
私はゼロだ
何もない
したい事は沢山あるはずなのに
やる気が出ない
いざとなると体が動かない
唯一やる気が出るのは夕方だけ
やりたいのに出来ない
する気が無い?する必要が無い?
しないでも生きていくことができる状況に甘んじているだけ
食う事と排泄と寝る事が出来れば死なないものね
我が儘な何も出来ない自分に嫌気がさして悲しくなる
ほらそこだ
何も出来ないって決めつけてる
どうしよう
どうしよう
そればっかり
私は今日、何をすべきなのか?
一歩を踏み出したい。
自分の生き方とは合わない人
尊敬できる人
自分とは考え方の違う人
羨ましく思える人
自分 自分 自分・・・
自分が中心にある(自己中なんだな)
私の悪いところは
血の繋がっていない人間の、自分と違う感覚に疑問を感じてしまうところ
何でこうじゃないんだろう
何でそんな考え方なんだろう
じゃぁ自分は完璧な人間なのかといわれたら
むしろそれとは程遠い人間だよなと考える
血の繋がりって恐ろしい
人徳のある人ほど、自分と違う行動や考えを示す人に敵意や嫌悪感を示さないのではないか
まさしく
他人は他人、自分は自分
そういう人は
他人をうらやむことはないし
自分の人生や生き方を優越感を持って観る事も
悲観的に観る事もないのではないだろうか
ただ、自分の人生をひたひたと歩む
一緒に人生を送るパートナーに対してもきっとそうなのだと思う
色々な人がいる
色々な暮らし方が在る
そんでもってまた、色々な組み合わせの人間が1つの家で暮らしてたりする
100%理解しあえる人間なんて居ないし
もし仮に居たとしたら、それは奇跡があるとすればそれだと思う
分かり合えなくて、理解できなくて当然なんだ
母と話して
今私は自分の生き方、人生、周りしか見れていないのだと思った
視野がとにかく狭い
色んな物事を、自分でさえも許せる余裕がない
ところが私の近くの、そのまた周りの、もっと先の人たちまで見てみると
本当に沢山の人がつながって
色んな人生を歩んでいて
何も自分だけではない
同じような思いを抱えている人が沢山いるということを知ることが出来る
はっきりいって
他人と比べて卑下したり悲しんだり優越感を持つのは
単なる甘えだ
自分を自分として生きていない証拠だ
(稚拙な言葉だとなんとも薄っぺらく聞こえるなぁ)
ではどうやったら自分の信条を確立し
他人と比べることなく生きていくことが出来るのか
母は
「若い頃の自分(誤った、早まった、焦燥な考えの自分)も認めてあげなきゃ」といった
「否定しないで、そのときの自分を信じなさい」と
・・・まだまだ生意気な小娘の私には相当な難問だなぁと思った
心が狭い証拠だなぁ・・・
と、なよなよと思ったりしている
情けなさに腹が立つ
胃まで痛くなってきたっていうのに
日は、一日一日が矢のように過ぎてゆく
無情にも時間は止まってはくれない
待ってと言ったとて待ってくれなんかしない
別れが近づくにつれて
普段ならなんでもない言葉や動き、匂いまでもが
彫刻刀にグサリグサリと歯をたてられるように
私の心に刻まれていく
胸が痛い
長く居過ぎたんだなぁと思う
母に激励してもらってまだ数日しか経ってないぞ
仕舞いには別れのシーンなんか想像しちゃったりして
泣けてくる
いや泣きたいんだ
声をあげて
誰かに思いっきり泣いて(それって憂さ晴らし?)
泣き止むまで傍にいてほしい
ちょっとした拍子に両親の前で泣いてしまいそうで怖い
そしたら私は本当の弱虫になるんだ
もう充分弱いのだけど
私は何で悲しいのか
気分が優れないのか
こんなに苦しいのか
沈黙は金だというのに
書いてしまう自分がいる
自分の身に起こっていることを自分で処理できずにいる
本当に情けなくて涙が出そうだ
今きっと私のまわりはどんよりしているのだろうな
から『ノンビリ屋のおだいどこ通信』
にブログ名を変更致しました。
ブログの内容や主旨が変わってきたのが理由です。
純粋な料理ブログというよりは
何か私の心の声のようなことを綴ることが多くなった気がしています。
また、ブログを始めた当初とは心持や、生活に対する、人生に対する思いが変わってきました。
これからもこうなのだろうかとか
ああなのだろうかと
迷いながら、気持ちを吐き出して
少しでも整理できれば良いなという思いで細々続けていこうと思います。。。
それは日本人の優れた知恵が詰まった食べもの
納豆や醤油、漬物、そして味噌
特に味噌と醤油は毎日使うもので和食に無くてはならない調味料のひとつです
先日、母が味噌を作るから覚えていきなさいと言って手伝わせてくれました
使うのは麹と塩と大豆だけ
麹に満遍なく塩をまぜる
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水につけておいた大豆を柔らかくなるまでゆで、FPですりつぶす

それを塩と麹に練りこんでいくだけ

均等に混ざったら、空気を抜きながら消毒した樽につめてラップで空気を抜き、また消毒をして終わり
それを暗所で発行させること、半年~一年
「本当は途中で混ぜるといいけど、別にやんなくても平気よ~」
と母は言う
市販品には保存料や化学調味料が使われていたり、本来であれば必要の無いものが含まれているのがほとんど
よく減塩と言って売られているけれど、発酵食品で減塩をしたらどうなるかお分かりでしょう
腐らせないための保存料や調味料がよりふんだんに使われることになります
作るときは大量だから体力は要るけれど
自分で作れば
安心と
美味しさと
愛情が詰まったものが出来上がる
あの時つけた味噌、懐かしいね
いい味になったね
思い出と一緒にたべることができて
うまく発酵してくれた味噌にも感謝する
現代の食卓の多くには、そういった作る過程が、原型がわからない食品が多くなっているのではないでしょうか
商品化された食料品を機械的にたべる行為に
生きている喜びや悲しみは学べないのだと思う
テーマ:食品・食べ物・食生活 - ジャンル:ライフ





